大阪地方裁判所 平成元年(ワ)1121号 判決 1991年9月26日
原告
南原順子こと趙順子
被告
松田正男
主文
一 被告は、原告に対し、金二七七四万九九八三円及びこれに対する昭和六一年二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その九を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する昭和六一年二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 争いのない事実
1 本件事故の発生
次の交通事故が発生した(以下、「本件事故」という。)。
(一) 日時 昭和四九年一一月六日午前〇時五〇分頃
(二) 場所 大阪府東大阪市俊徳町三丁目二三番一号先交差点
(三) 加害車 普通乗用自動車(大阪五六の六四一一号)
右運転者 被告
(四) 被害車 普通乗用自動車(大阪五五む八九六六号)
右運転者 訴外西村繁男こと都碩煥(以下「西村」という。)
右同乗者 原告(昭和三二年六月六日生まれ)
(五) 態様 加害車が交通整理の行われていない本件交差点を時速約四〇キロメートルの速度で北から南に直進通過しようとしたところ、西から東に向かつて本件交差点に進入してきた被害車と衝突し、その衝撃により、被害車が逸走して本件交差点南東角にあつた電柱に衝突した。
2 責任原因(自賠法三条)
被告は、本件事故当時、加害車を保有し、これを事故のために運行の用に供していた。
3 原告の受傷内容、治療状況等
(一) 原告は、本件事故により、脳挫傷、両下腿・頸部挫創の傷害を負い、昭和四九年一一月六日から昭和五〇年二月四日まで東長原病院において入院治療を受けたのち、昭和五〇年二月四日から同月六日まで大阪警察病院脳神経外科、さらに同月六日から同年五月二八日まで大阪第二警察病院に入院して治療を受けた。
(二) その後、原告は、昭和五二年一月頃から精神状態が不安定となり、次のとおり入院して治療を受けたが、阪本病院において非定型精神病と診断され、昭和六三年一一月一六日の退院以降も同病院において治療を受けている。
(1) 大阪第二警察病院
昭和五二年一月一〇日から同年五月一〇日までと、同年九月一一日から同月一三日まで入院
(2) 貝塚サナトリウム
昭和五五年一月二九日から同年七月七日まで入院
(3) 阪本病院
ア 昭和五六年三月三日から同年五月二六日まで入院
イ 昭和五六年一〇月一五日から同年一一月一七日まで入院
ウ 昭和六一年二月一八日から同年五月二八日まで入院
エ 昭和六三年八月一九日から同年一一月一六日まで入院
4 示談
被告と原告法定代理人親権者南原清志との間で、昭和五一年六月四日、同日までの治療費のほかに、被告が休業損害及び慰謝料として二五五万円を原告に支払い、原告が、将来、右下腿部の醜状痕の整形手術をする場合は被告がその費用を負担する旨の示談(本件示談)が成立し、被告は右金員を支払つた。
二 争点
1 原告の請求の概要
原告は、本件事故により、非定型精神病を発症したことにより損害を被つたところ、これは本件示談当時予測しえなかつた損害であるとして、合計六五四〇万二七八五円((一)逸失利益四九四〇万二七八五円、(二)慰謝料一〇〇〇万円、(三)弁護士費用六〇〇万円)の内金三〇〇〇万円及びこれに対する症状発症後である昭和六一年二月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
2 被告の主張
被告は、損害額を争うとともに、次のとおり主張して、本件事故による損害賠償債務は負担していないと争つている。
(一) 本件事故と非定型精神病の発症との因果関係
非定型精神病は、内因性疾患であり、一般的に外的傷害に起因して発病するものではないところ、原告の脳挫傷は器質的変化をもたらすようなものではなかつたうえ、原告の非定型精神病の発症は、長期間経過してのものであり、原告の場合は、元来、非定型精神病になりやすい素質があつたところに、そのときどきのストレスが誘因となつて発症したものというべきであつて、本件事故との因果関係は認められない。
(二) 過失相殺
原告は、西村が多量に飲酒し、正常な運転ができないことを十分承知しながら被害車に同乗し、本件事故にあつたものであるうえ、西村が執行猶予中に飲酒運転を起こしたことの発覚を恐れて訴外稲村一夫に身代わりをさせることに加担したという重大な過失が存するので、過失相殺として原告の損害額から相当程度の割合による減額がなされるべきである。
第三争点に対する判断
一 本件事故と原告の非定型精神病の発症との因果関係について
1 原告の生育歴、本件事故後の症状及び治療の経過、生活状況等
前記第二の一の争いのない事実に、証拠(甲一ないし六号証、八号証、九号証の1ないし3、一〇ないし一二号証、乙一ないし四号証、七号証、証人岡田一男、同趙秀子、同川村正)を総合すれば、次の事実が認められる。
(一) 原告の生育歴等
(1) 原告は、韓国出身の両親の間の一一人兄弟の四女として生まれ(姉が三人、兄が三人、妹が三人、弟が一人)、入院するような病気にかかつたこともなく元気に成長し、また、活発で勝気な頑張り屋の性格で、学校の成績も悪くなく、問題行動もないまま中学を卒業し、建国高等学校に入学した。
なお、原告の両親、兄弟及び親戚に、非定型精神病その他の精神病に罹患した者は見当たらない。
(2) 原告は、昭和四九年八月、父親の躾けの厳しさに反発して家出し、一旦は姉の秀子が見つけて連れ戻したが、同年九月に再び家出し、西村の内妻である訴外樫田千代子の経営するスナツクでホステスとして働くようになり、その家出中に本件事故に遭遇した。
(甲九の1、乙七、趙秀子証言1、2、23、25、34、35項、岡田証言8丁、川村証言25丁)
(二) 本件事故後の症状及び治療の経過、生活状況等
原告は、昭和四九年一一月六日未明に本件事故にあつたが、その後の症状及び治療の経過、生活状況の概要は別紙のとおりである。
2 非定型精神病の発症と本件事故との因果関係
(一) 非定型精神病の症状、発症の原因等
乙五及び六号証の各1、2、前記岡田証言及び川村証言並びに証人山上栄の証言によれば、非定型精神病は、非定型内因性精神病とも言われ、精神分裂病と躁欝病の両疾患の特徴を有し、そのどちらとも診断しがたい一群の精神病であると定義され、その特徴として、急性に発病すること、周期性(または挿間性)の経過をたどり、発症を繰り返すことが多いこと、種々の型の分裂病様症状に意識障害や気分の変化、精神運動性障害を伴うが、比較的短期間で症状が回復し、予後も比較的良好で、ほとんど人格的欠損を示さないことなどがあげられている。
その発症の原因や発症のメカニズムについては十分に解明されていないが、発症には、遺伝的な素因や生育歴と環境的な要因が大きく作用し、就職、結婚、職場での葛藤、身体的な疲労困憊状態等が誘因になつて発症したり、再発する場合が比較的多いが、特にこれといつた原因が見当たらないのに発症する場合も見られるとされ、また、緩解することはあつても、完全に治癒の状態に至ることは少ないとされている。
(二) 原告の発症時期
前記認定のとおり、原告の症状については、昭和五六年一〇月の阪本病院入院時に非定型精神病と診断されたものであるが、原告は、脳挫傷(頭部外傷Ⅲ型)による症状が軽快したのち、昭和五二年一月初めに多彩な幻覚等を訴えて同月一〇日から大阪第二警察病院に入院したところ、主治医の岡田医師は、当時の症状としても非定型精神病に近い症状であつたとしていること、また、その後の症状の経過や前記(一)の非定型精神病の症状の特徴等を併せ考えると、原告は、昭和五二年一月初め頃に非定型精神病を発症したものと推認するのが相当である。
(三) 原告の発症と本件事故との関係
前記症状及び治療の経過、生活状況、特に、原告は、本件事故前に非定型精神病を窺わせる症状を呈したことがなかつたところ、本件事故により重篤な脳挫傷の傷害を負い、意識混濁状態が相当期間続いたものであり、その症状が軽快してから約一年七か月後(本件事故から約二年二か月後)に非定型精神病を発症したこと、また、原告の両親等の親族にも非定型精神病その他の精神病に罹患した者はいないことに、
(1) 岡田医師は、脳挫傷がかなり重度であつたので、なんらかの身体的なものが契機となつたとも考えられ、因果関係は否定できないとしていること(岡田証言6丁)、また、原告には膝から下にかなり大きなケロイド状の醜状痕が残され、それを非常に気にしていた等の心理的な影響が契機となつたことも考えられるとしていること(同証言6、7丁)、
(2) 川村医師も、因果関係の有無を判断するのは困難であるが、非定型精神病がもともとこれが原因だと断定しにくい疾患であることから、頭部外傷が一つの誘因になつた可能性は否定できないとし、また、原告が非定型精神病になりやすい素質を有していたところに、本件事故によつて頭部外傷を負つたことにより又は事故にあつたことにより精神的な負担を負い、発症に至つたことも考えられるとしていること(川村証言6、7、20丁)、
(3) 山上医師も、本件事故が原告の非定型精神病発症の直接の原因となつたことについては否定的であるが、原告が昭和五二年一月に精神分裂病的な症状を訴えたことについては、本件事故による脳挫傷が誘因になつた可能性はあるとしていること(山上証言11、20丁)、
などの各医師の所見及び前記の非定型精神病の病態、発症原因等を総合すると、本件においては、原告は元来非定型精神病になりやすい素因を有していたところ、本件事故が契機となつて非定型精神病の発症に至り、その後、定時制高校への通学、育児、仕事、金銭問題、夫との不和、離婚問題等による心労ないしは葛藤の環境的要因が作用して非定型精神病の再発と緩解を繰り返したものと推認するのが相当であり、本件事故との因果関係を否定することは困難であるというべきである(ただし、原告の右素因を損害額の算定に当たり斟酌すべきことは後記のとおりである。)。
この点について、被告は、原告の再発まで相当期間を経過していることを問題にしているが、川村証言によれば、このようなことも非定型精神病の病態としてありうることと認められ、右認定を左右するには足りないと考えられる。
なお、原告の脳波については、東長原病院では特に異常は認められないとされていたが、貝塚サナトリウムでは異常所見が見られると指摘されたことがあり、また、阪本病院においては、全く正常なときと境界値を示したときとがあつたことが認められるが(川村証言9丁)、脳波検査の結果と非定型精神病とは必ずしも結びつかないともされていることに照らし(川村証言19丁)、この点も右認定を左右するには足りないというべきである。
(四) 本件示談との関係
以上によれば、原告の非定型精神病は、本件示談後に発症したものであり、本件示談当時予測できたものとは認められないので(かえつて、岡田証言及び非定型精神病の病態等によれば、原告の本件発症は予見することは不可能であつたと認められる。)、原告の本件発症に基づく損害は、本件示談の範囲外のものとして、被告において賠償する義務があるというべきである。
二 損害について
1 財産上の損害 二一七四万九九八三円
(一) 前記のとおり、原告は非定型精神病の発症と緩解とを繰り返しており、その病態、発症原因等に照らすと、その症状固定時期を判断することは極めて困難であるが、川村証言によれば、平成二年夏(七月末頃)に退院して以来は、病識について理解も深まり、自覚的に通院して投薬や精神療法の治療を受けて比較的安定した状態となつていることが認められるので、この時点を症状固定時期として財産的損害を算定するのが相当である。
(二) 前記症状及び治療の経過、原告の生活状況によれば、原告は、昭和六一年二月以来(原告が逸失利益として損害賠償を請求している始期)、平成二年七月末までは、入院していない期間は、その程度に差はあるものの、家業や家事に従事するなどしで財産上の収益をあげていたものと認められる。
そこで、原告の入院期間、従事していた仕事の内容、程度等を併せ考慮すると、原告の右期間中の財産的損害(休業損害)については、原告は、その当時、昭和六一年度の賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・女子労働者二五歳から二九歳までの平均給与額二五六万二八〇〇円程度の財産上の収益をあげえたところ、本件疾病により、入院中の約一〇・五か月間は一〇〇パーセントの、その余の約四二か月間は五〇パーセントの就労制限があつたものとして算定するのが相当である。
したがつて、原告の右期間の財産上の損害は次のとおり六七二万七三四八円となる。
2,562,800÷12×10.5=2,242,449 <1>
2,562,800÷12×0.5×42=4,484,899 <2>
<1>+<2>=6,727,348
(三) 次に、原告の平成二年八月以降の財産上の損害について検討するに、原告の症状は、平成二年八月以降は比較的落ち着いた状態であるが、川村医師は治癒の見込みは不明としており(川村証言11、12丁)、原告の症状の内容、推移等に照らすと、今後も再発する可能性は十分あると考えられること、原告については、家業の手伝い程度なら可能であるが、全く新しい職場で何かを自分でやるということはどんな軽作業であつても困難であるとされていること(川村証言11丁)、その他前記症状の経過、生活状況等を併せ考えると、原告については、就労可能な満六七歳までの三四年間、平均して、その労働能力の五六パーセントを喪失したものとして逸失利益を算定するのが相当である。
そして、平成二年度の賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・女子労働者三〇歳から三四歳までの平均給与額は三一一万一二〇〇円であるので、これを基礎とし、ホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して、昭和六一年当時の現価を算定すると、次のとおり二九五二万二六二四円となる。
3,111,200×0.56×(21.3092-4.3643)=29,522,624
(四) 以上のとおり、本件事故による原告の財産上の損害は合計三六二四万九九七二円となるところ、原告の本件発症には原告が元来有していた素因と本件事故とが競合して発症したものであることは前記のとおりであり、その損害のすべてを被告に負担させることは、損害の公平な分担という観点から相当でないと考えられる。
そして、本件事故による原告の受傷の部位、程度、原告の非定型精神病の発症の経緯、再発の状況に、非定型精神病の発症には遺伝的な素因や生育歴、環境的な要因が大きく作用しているとされていること、原告の発症についての前記各医師の所見等を総合勘案すると、原告の本件発症に対する寄与の割合を六割(したがつて、原告の素因が寄与する割合は四割)と認め、この限度で被告は右損害について賠償義務を負うと考えるのが相当である。
したがつて、被告が責任を負うべき財産上の損害額は、二一七四万九九八三円となる。
2 慰謝料 四〇〇万円
本件事故の態様、本件症状及び治療の経過、今後の治癒ないしは緩解の見込み等の諸事情を考慮し、他方、原告の素因の本件事故に対する寄与の度合い等を総合考慮すると、慰謝料としては四〇〇万円をもつて相当とする。
(以上1及び2の合計 二五七四万九九八三円)
三 過失相殺について
1 乙七号証によれば、西村は、本件事故のあつた日の前日である昭和四九年一一月五日午後一〇時頃、被害車に乗つて広島屋という飲食店に赴き、そこで友人たちとビール五、六本を飲酒したのち、翌六日午前〇時頃、原告らを送るために前記スナツクに行き、原告らを乗せて本件交差点を進行中に本件事故を起こしたこと、本件事故の発生については、一時停止の標識が設置され、かつ、左右の見通しが悪い交通整理の行われていない交差点において、西村が一時停止することなく、また、左右の安全を確認しないで本件交差点に進入した過失によつて生じたもので、その落ち度は大きいことが認められる。
しかしながら、本件事故直前において、原告が、西村が飲酒していたことを承知して同乗したことを認めるに足りる証拠は存せず、原告が被害車に同乗したことに落ち度があるとして過失相殺の規定を適用し又は類推適用すべき事情があるとは認められないというべきである。
2 次に、被告は、西村が身代わり工作をするについて原告が加担したものであるとして、この点を捉えて過失相殺をすべきであると主張するが、仮に原告が本件事故当時の運転者が稲村であり、西村でなかつたと捜査関係者に述べるなどして身代わり工作に協力したとしても、本件事故の発生ないしは本件損害の拡大に寄与したものということはできず、また、本件証拠上、原告が右のような加担をしたものと認められないので、この点についての被告の主張も採用できない。
四 弁護士費用 二〇〇万円
本件事故と相当因果関係にある弁護士費用相当の損害額は、二〇〇万円と認めるのが相当である。
五 結論
以上の次第であるから、原告の請求は、被告に対し、金二七七四万九九八三円及びこれに対する本件示談成立後である昭和六一年二月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるからこれを認容するが、その余の請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 二本松利忠)
(別紙) 原告の症状及び治療の経過,生活状況等
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